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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2154号 判決

第一審原告

高西樺之助

第一審被告

芹沢貞夫

主文

1  第一審原告の控訴を棄却する。

2  原判決を次のとおり変更する。

第一審被告は、第一審原告に対し、金一八万六〇三八円及びこれに対する昭和四八年一二月一九日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。

第一審原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一・二審を通じて一〇分し、その九を第一審原告の負担とし、その余を第一審被告の負担とする。

事実

第一審原告は、「原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。第一審被告は、第一審原告に対し、金三二万二三九三円及びこれに対する昭和四八年一二月一九日から完済まで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は、第一・二審とも第一審被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、第一審被告の控訴に対し、控訴棄却の判決を求めた。

第一審被告訴訟代理人は、「原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は、第一・二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、第一審原告の控訴に対し、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、第一審原告において、立証として、甲第一四ないし第一六号証を提出し、第一審被告訴訟代理人において、右甲号各証の成立を認めたほか、原判決の事実摘示と同一であるので、これを引用する。

理由

一  事故と第一審原告の傷害

第一審原告が昭和四七年七月一二日午後一〇時一二分頃普通乗用自動車を運転して静岡県富士市依田橋七六八番地先交差点を北進中反対方向から同交差点に入り右折しようとした第一審被告運転の普通乗用自動車と衝突し、右事故に因り、第一審原告が、右眼窩骨骨折、胸部打撲、左手左膝打撲等の傷害を受け、その治療のため、同日から同年八月一一日まで芦川胃腸科病院に入院し、退院後同月一六日まで同病院に毎日通院したことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第八号証、乙第一〇号証、乙第二九号証、原審証人高西貴美子の証言により成立を認めうる甲第七号証の一・二、成立に争いのない甲第一二号証、原審証人渡辺英詩の証言、原審における第一審原告本人尋問の結果によると、第一審原告は、右胸部打撲による頸椎捻挫のため頸性頭痛症候群及び頸肩腕症候群の症状を呈し、これが治療のため、昭和四七年八月一七日から同年一〇月二六日までの間一六日石川整形外科医院に通院し、引き続き同年一〇月三〇日から現在にいたるまで渡辺整形外科病院に通院し、この間昭和四八年二月二八日頸部運動制限・頭部痛、頭重・上肢の痺れ痛みの後遺症を残して一応治癒したが、前記頸椎捻挫に基因する両眼視野狭窄症の後遺症をも残し、現在にいたつていることが認められる。

二  第一審被告の損害賠償義務

第一審被告がその運転した前記普通乗用車の保有者であることは、当事者間に争いがなく、第一審被告は、免責事由につき主張立証するところがないので、本件事故による第一審原告の損害を賠償する義務がある。

三  第一審原告の損害

(一)  入院雑費

前認定のように、第一審原告は、本件事故による前記傷害を治療するため、昭和四七年七月一二日から同年八月一一日までの間芦川胃腸科病院に入院したのであり、入院雑費一日三〇〇円を要することは、公知の事実であるので、右入院期間の入院雑費九三〇〇円は、本件事故による第一審原告の損害である。

(二)  逸失利益

弁論の全趣旨により成立を認むべき甲第四号証の一、成立に争いのない甲第九ないし第一一号証、原審証人山本曠、同久保田庄蔵、同高西貴美子の各証言、原審における第一審原告本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができる。

1  第一審原告は、本件事故当時安全タクシー株式会社に自動車運転者として勤務し、月平均八万四〇〇〇円(一日当り二八〇〇円)の収入を得ていた。

2  第一審原告は、本件事故による前記傷害のため、昭和四七年七月一三日から同年一〇月三日まで同会社を休業し、翌四日から業務に就き、昭和四九年五月二日同会社を退職し、その後製紙原料商久保田庄蔵方に工員として勤めたが、約半年で辞め、同年一二月から旅館白妙荘の掃除夫として勤め、現在にいたつている。

3  第一審原告は、昭和四七年一〇月四日から退社するまで安全タクシー株式会社の業務に従事したが、この間昭和四七年一〇月四日から同年一一月三日まで、昭和四八年一月五日から同年一〇月四日まで、同月二二日から昭和四九年一月一〇日までは運転者として乗務し、その余の期間は電話番等の雑役に従事した。昭和四七年一一月四日から昭和四八年一月四日まで雑役に従事したのは、会社が、乗車勤務を相当でないとする医師の診断を尊重したがためであり、昭和四八年一月五日から乗務を再開したのは、雑役より収入がよい乗車勤務に替りたいとする第一審原告の希望を会社が容れたことによる。しかし、第一審原告は、乗客らに自己の病気を吹聴するので会社は、昭和四八年一〇月五日乗務を禁止し、雑役に従事させたが、第一審原告が右の如き吹聴をしないと誓つたので、同月二二日から乗務を命じ、一方、医師に第一審原告の病状を確めたところ、運転業務に支障はないが、昼間従業に限るとのことであつたので、昭和四九年一月一一日から雑役に従事させ、また、静岡県警察本部に第一審原告の運転適性検査を依頼し、同年二月一四日「自動車の運転作業には注意を要し、充分なる監督を受ける必要がある。」との検査結果を得、会社としては、第一審原告を運転業務に従事させることを相当でないと判断し、その旨を第一審原告に伝えたところ、第一審原告は、同年五月二日退社した。

A 休業による逸失利益

右認定の事実によると、昭和四七年七月一三日から同年一〇月三日までの休業による逸失利益は、二三万二四〇〇円(2,800円×83)である。

B 業務に復帰した昭和四七年一〇月四日から安全タクシー株式会社を退職した昭和四九年五月二日までの間の収入減による逸失利益

前記三、(二)3に認定した事実によると、右期間中第一審原告が雑役に従事したのは一九一日であり、雑役の収入は、運転者としての収入より低額であるので、一九一日分の収入減が右期間の逸失利益である。第一審原告は、本件事故により、むち打症のほか両眼の視野狭窄の障害を残したが、前出甲第七号証の一・二、原審証人高西貴美子の証言によると、視野狭窄の後遺症があらわれたのは、第一審原告が安全タクシー株式会社を退職した頃のことであることが認められるので右期間中の逸失利益は、むち打症による労働能力喪失の程度を斟酌して判断するのが相当である。成立に争いのない乙第五号証によると、第一審原告が主訴する頸部運動制限・頭部痛等のむち打症状は、各種臨床テスト・神経学的検査の結果他覚的にも認められうることが認められるので、右障害の程度は、自賠法施行令別表第一二級一二号に該当するので、これによる労働能力喪失率は、労働基準局長通牒(昭和三五年一一月二日基発九三四号)を参考とし、一四%と認めるのが相当であり、右期間中の逸失利益を七万四八七二円(2,800円×191×0.14)と認める。

C 安全タクシー株式会社退社後の逸失利益

成立に争いのない甲第二号証、乙第二号証によると、第一審原告は、大正一二年四月一二日生れで、本件事故当時四九年であることが認められ、厚生省第一二回生命表によると、四九年の男子の平均余命は二三・八四年であり、弁論の全趣旨により成立を認むべき甲第六号証の二によると、安全タクシー株式会社における男子職員の停年は六〇年であることが認められるので、第一審原告は、本件事故がなかつたならば、六〇年に達する昭和五八年四月三日まで安全タクシー株式会社に運転者として勤務しえたと推認することができ、前記両眼視野狭窄の後遺症は、自賠法施行令別表障害等級九級に該当し、右障害による労働能力喪失率は、前記労働基準局長通牒によると三五%であるので、第一審原告の安全タクシー株式会社退社後六〇年に達するまでの退社当時における逸失利益の現価は、本件事故当時の前記月間平均収入八万四〇〇〇円を基準とし、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して求めると二六一万七七六八円(84,000円×0.35×89.0202)となる(この計算式のうち八九・〇二〇二は年五分一〇八ケ月のホフマン係数)。

D 過失相殺

成立に争いのない乙第一ないし第三号証によると、第一審被告は、吉原本町方面から南進して本件交差点に入り、同交差点で右折して静岡市方面に進行しようとしたのであるが、同交差点の約一七・八メートル手前にさしかかつたとき、田子浦港方面から北進して同交差点に向つて来た第一審原告運転の自動車を約六〇メートルの距離に発見したことが認められ、かかる場合、第一審被告としては、道交法第三七条により第一審原告の進行を妨害してはならない義務があるのはもとよりであるが、右証拠によると、第一審原告は、第一審被告が同交差点を左折して沼津市方面に進行するものと独断し、第一審被告の進行に対する注意を怠り、時速約四〇キロメートルで漫然同交差点に進入したことが認められるので本件事故は、第一審原告の右過失もその一因をなすものというべく、本件事故発生についての過失割合は、第一審原告が三、第一審被告が七と認めるのが相当である。

前記入院雑費及び逸失利益の合計は二九三万四三四〇円であるが、第一審原告の右過失を斟酌すると、第一審被告に請求しうるのは、右の七割に当る二〇五万四〇三八円ということになる。

(三)  慰藉料

第一審原告の傷害は、重傷の部類に入るものではなく、昭和四八年二月二八日一応の治癒を見たので、入院中及び通院期間中の慰藉料は、第一審原告の前記過失を斟酌して二三万一〇〇〇円とするのが相当であり、むち打症及び両眼視野狭窄の後遺症は、両眼視野狭窄の方が障害等級が重く、第九級に該当するので、右後遺症による慰藉料は、第一審原告の前記過失を斟酌して七三万五〇〇〇円とするのが相当である。

四  結論

以上認定の如く、第一審原告が第一審被告に請求しうる損害は、合計三〇二万〇〇三八円であるところ、右損害のうち弁済等により二八三万四〇〇〇円の填補がなされたことは、当事者間に争いがないのであるから、第一審原告の本訴請求は、損害額残一八万六〇三八円及びこれに対する不法行為の後である昭和四八年一二月一九日以降完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度において正当であるが、その余の請求は、理由がないといわなければならない。

よつて、第一審原告の控訴は、理由がないので、これを棄却すべく、第一審被告の控訴は、一部理由があるので、同控訴に基づき原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第九六条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤利夫 小山俊彦 山田二郎)

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